2006年04月20日

渡部昇一に靖国問題で論破された王毅駐日中国大使

私がよく読むメルマガに伊勢雅臣の「国際派日本人の情報ファイル」がある
国際情勢、国内問題、政治問題等と幅広い教養と豊富な知識に溢れた伊勢雅臣氏はまさにオールラウンドプレイヤーである。今回題材に取り上げている渡部昇一氏は日本の歴史と伝統、国家のあり方について語らせたら、右に出るものがいないといっても過言ではないと思う。
その彼が強面の王毅駐日中国大使を厳しく問い詰め、理路整然と小泉首相の靖国神社参拝問題を展開した文章が紹介されていた。
転送歓迎の許可もありあえて取り上げた
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■JOG Wing■国際派日本人の情報ファイル■
渡部昇一に靖国問題で論破された中国大使
伊勢雅臣
■転送歓迎■ No.1121 ■ H18.04.17 ■ 8,301部 ■■■■■■■

 上智大学名誉教授の渡部昇一氏が知人数人と、王毅駐日中国大使を囲んで会食した時のことである。席上、こんな歴史論争が始まった。

 その中で、中国が日本批判の口実にする歴史認識に関連して、私は発言した。シナ事変を始めたのは日本ではなく、中国の側であるということである。

 慮溝橋で最初に発砲し、攻撃を仕掛けたのは中国側であるということ。それが上海に飛び火して戦火が拡大していくのだが、この上海の飛び火は中国側の正規軍が日本人居留地を攻撃したものであること。これらを私は事実をあげて述べた。東京裁判もこれを認め、日本のシナ事変の開戦責任を問うことはしなかった。それを問えば、戦勝国である中国側の責任があらわになってしまうからだ、とも述べた。

 王毅大使はじっと聞いていたが、それだけだった。これについて、なんの発言もなかったのである。
 この点は、中国の「日本侵略批判」を根底から打ち崩す史実なので、もっと知られるべきと思う。
 王毅大使が盛んに口にしたのは、小泉首相の靖国神社参拝問題だった。
容認することはできないというのである。
知人の一人が、国のために尽くして命を捧げた人を慰霊するのはどこの国でもその国の宗教的習慣に従ってやっていることで、それに口を挟んで批判するのはいかがなものか、内政干渉ではないかと言うと、王毅大使はしきりにかぶりを振った。
そうではない、小泉首相が靖国神社に参拝して戦没者を慰霊するのには、問題を感じていないと言うのである。

 では、何が問題なのか。靖国神社には七人のA級戦犯が合祀されている。それが中国国民には国民感情として許せないのだ、というのが王毅大使の答えだった。そこで私は、A級戦犯とは何かについてやや詳しく述べた。

 東京裁判がA級戦犯とした罪状は平和に対する罪、つまり戦争を計画した罪、戦争を準備した罪、戦争を始めた罪である。日本はポツダム宣言を受諾して降伏したのだが、ポツダム宣言には確かに戦争犯罪人を裁くという条項がある。しかし、ポツダム宣言が発せられた当時、戦争を計画したり準備したり始めたりすることを戦争犯罪とする条項は、国際法のどこにもなかった。
つまり、東京裁判はなんの根拠もなしにA級戦犯と決めつけたのである。ついでに言えば、戦争を計画したり準備したり始めたりするのが犯罪であるという国際法の取り決めは現在もない。

 A級戦犯なるものが、いかに根拠がないものであるか、ということである。
 これは日本だけが主張していることではない。国際社会も東京裁判が無法で根拠がないものだったことを認めているのである。その表れが昭和二十六年に調印されたサンフランシスコ講和条約の第十一条である。

 そこには、東京裁判に代表を出した関係国の一か国以上の同意があれば、A級戦犯を釈放していいと定められているのだ

 事実、講和条約が発効すると、A級戦犯として判決を受けた人たちは直ちに釈放された。もちろん関係国の過半数も同意したからである。これは有り体に言えば、A級戦犯はなかったということである。実際、犯罪受刑者は恩給や遺族年金の対象にならなかったのだが、国会決議を経てA級戦犯とされた人たちにもこれらが支払われることになったのだ。

 また、A級戦犯として終身刑の判決を受けた賀屋輿宣は政界に復帰して法務大臣を務めた。同じく禁固七年の判決を受けた重光葵は副首相兼外務大臣になり、昭和三十年の日本の国連加盟の際は、日本代表として国連で演説を行った。では、A級戦犯を入閣させるとは何事だとか、A級戦犯が日本を代表するのはけしからんとか、どこからか非難の声が出ただろうか。どこからも出なかった。中国も何も言わなかった。A級戦犯はなかったことを認めていたからではないか。

 A級戦犯とは何かについて、事実をそのまま述べる渡部氏の意見に、王大使はどう反論したのか?

 私はこのようなことを述べたのだが、これにも王毅大使の正面からの答えはなかった。ただ、「国民感情が許さないのだ。国民感情が」と、それを経文のように繰り返すばかりだった。

 これは口にする機会がなかったが、では、その国民感情とはどのようなものなのか、である。愛国教育などによって政治的につくり出された妄想ではないのか。当たらずと雖も遠からず、だろう。日本側にだって国民感情があることを忘れているのだ。

 わずか三時間余だったが、王毅大使と話し合ってつくづく感じたことがある。それは、中国が日本に対する際の切り札に使う歴史認識や靖国参拝問題は、中国の心底の思いから出たものではないということである。あくまでも政治的駆け引きの道具として出してきているのである。このことは私のような政治も歴史も素人の言うことを、中国を代表して日本に来ている大使が論理的にはね返せないところによく表れている。はね返さないのではない。はね返せないのである。

 中国に対しては毅然とした態度で、とはこれまでに繰り返し言われてきたことである。このことを確認した次第である。

 中国の靖国参拝批判が論理的なものでないことは、このやりとりを見ても分かる。日本政府も、渡部氏のような史実に基づいた主張をして欲しいものだ。

(参考: 渡部昇一、「歴史の教訓」、「致知」H18.1)

posted by ディポ at 17:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 慰霊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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