2007年03月12日

軍隊と性管理

◎軍隊と性管理(その1) 慰安所の必要性 
今日から4回に亘って軍隊と慰安婦の関係について述べる。
私は軍隊用慰安所はあったが、その経営は朝鮮人経営者等民間人であったので、国としての責任はないという立場で記述する。

 時は昭和12年(1937年)支那事変(第2次上海事変、南京事件)の頃にあまりにも性病が流行し、性管理をする必要性があった。又敵の女性スパイに対する防諜(スパイ防止)の為、そして民間人に対するレイプの防止等から必要性が大きくなった。実は日本軍に対する慰安所の開設は第1次上海事変の時といわれているが、軍隊の駐留が短かったためあまり一般的ではなかった。
 
独・英・仏・露それぞれの国は軍隊に対する性管理をしていた。
統計によると、それは戦病死よりも梅毒等の性病で戦闘不能になる兵士が多かったからである。
従って欧米諸国は相手になる女性の募集・検査・慰安所の運営のすべてを実施した。特にドイツについてはドイツの国民性をそのまま出して、合理的・統計的に国家が管理していたが、日本については国家が管理することはなかった。

名誉に係わる問題なのではっきり言っておくが、日本軍の立場は業者に任せたが、業者が管理する女性の性病検査や慰安所開設等に便宜を図った。しかしながら直接管理して軍隊が利益追求をしたわけではなかった。県の庁舎・市の庁舎・病院等または駐屯地の委託売店と庁舎管理について想像してくれれば理解出来ると思う。

日本は外国の軍隊のように『下半身の問題を世間に晒す様な事はしない。それがせめてもの武士の情けだ』という配慮があったのです。
本質的にはこういう事情があった事をまずは理解してもらいたい。

○軍隊と性管理
通常、軍隊でも下半身の話は公にしないものです。 
下ネタ話は男同士が酒の席でするものと昔は相場が決まっておりましたが、近年は小学校などの低学年でも性教育に必要以上に執心し、場所を履き違えている教師一派が恥じらいもない子供に育てているといいます。

若い人たち(20代、1992年頃)にいわゆる『従軍慰安婦』について質問したところ「日本軍が朝鮮の若い娘さんを奴隷狩りのように片っ端からひっさらってきてレイプし、そして最前線に送り込んだ」と言う認識でした。これは若い人ばかりではなく中年の分別あるお父さんまで「強制連行」があったと信じておりました。
我々の身近な肉親が命をかけて国のため戦ったにも拘らず、今や色キチガイの兵隊だったことにされています。
    
あなたは『青春の門』を読んだことがありますか。そこには新宿2丁目の赤線の娼婦の話、『鬼龍院花子の生涯』の遊廓の話、古くは勝新の『兵隊やくざ』のP屋の話、そして緒形拳の『女衒』ではからゆきさんの話等これら全て用語は違っていても春を売る商売の話です。ここの女性は遊廓の主人から前借りをして通常3年から5年の年季奉公の証文を取り交わします。

日本、朝鮮、台湾等の貧乏な家の娘さんが手っ取り早く大金を手にするためにはやむを得ない事かも知れません。
生活保護も失業保険もなく、自分たちの家族だけの力で生きて行かなければならない時代だったのです。
弾の飛び交う最前線で商売をすれば安全な国内の何倍ものお金が入ります。これは言わば危険手当てのようなものです。
別に軍隊が奴隷狩りのような真似をしなくても商売人なら儲かるとなれば満州でもボルネオでもどこにでも出かけていくものです。

この種の商売は昭和33年売春防止法が公布されるまでは公に認められておりましたし、利用することは道徳的には好ましくなくとも、決して悪いこととは言えなかったのです。当然元気の良い兵隊さんが利用しても不思議ではありません。

新宿の歌舞伎町、札幌のススキノ等日本の大都市の繁華街には中国・韓国・タイ・南米・ロシア等の若い女性たちが夜のオリンピックに精を出しております。
この現実を直視することにより、現代の清く正しい価値観だけで旧軍を批判するのは筋違いということが理解できると思います。(その2へ続く)


◎軍隊と性管理(その2) 衛生管理と国別の女性たち 
軍を管理する立場で言えば、実は性管理ほどやっかいな問題はないのです。軍隊と性病はつきものであり、欧米の軍隊は戦争のたびに性病患者多発し大問題になっているとされています。

1895年の性病患者調査によると1000比で英国が174人、イタリアが85人、フランスが42人の記録があり、戦闘による戦死者の10倍以上の兵隊が廃人になっている。  
このため各国は第1次世界大戦(1914年)から娼家(慰安所)を軍が管理し、性病対策を行わざるを得なかったのである。

日本軍が慰安所を設けたのは昭和7年(1932年)の第1次上海事変のころであり、兵隊の性病防止、現地住民に対する風紀の維持、支那女性によるスパイ活動の防止等が目的であった。
 
当時支那大陸では馬賊・匪賊のたぐいが跋扈(ばっこ)していて、村々を襲い生命財産を奪い尽くすのが常態であり、現地女性も命乞いのため躰を提供するのが常であった。日本軍が馬賊・匪賊の討伐のため出動した際、疑わしき村の家宅捜索の時、誤解され同じ扱いをされたのが切っ掛けとなり、日本軍の一部のふとどきもの行動が反日感情を蔓延させたと記録されている。

じ後外征する日本軍は民間の業者に委託し、東南アジア・中国大陸全域で約500カ所 その総数は7千人から1万数千人程度おり、その4割が内地からの日本人、2割が朝鮮人、1割が台湾人で、残り3割が中国・フィリピン・インドネシア等現地でリクルートされたと秦郁彦日大教授(現代史家)の調査で明らかになっている。

慰安婦になった経緯はそれぞれ個人の事情でなったのであるが、プロとして商売をしていたことにはかわりがない。

「漢口慰安所」という軍医大尉の手記に朝鮮人業者が貧農の娘たちを人買い同然に買い集めてきて、奴隷同様に働かせていたので、業者に厳しく指導をしたと書かれている。またある慰安婦は朝鮮銀行漢口支店に当時の金で3万円(現在の4千万円に相当)の貯金ができたので、将来朝鮮へ帰って小料理屋を開くと聞いた池田司令官は「感心な女だ」として表彰したと書かれている。

このように軍人の健康管理のために性を提供する女性を衛生的見地で管理する必要があったのです。   (その3へ続く)


◎軍隊と性管理(その3)外国は如何にしたか
それでは世界の軍隊はどの様にしていたのでしょう。 
古くは十字軍の遠征やナポレオンの時代には兵士と同じ数の娼婦が同行したと記録されております。

第二次世界大戦ではドイツ軍は自国または占領地の女性(ポーランド人、ロシア人、ユダヤ人等)に国家管理で売春を強制している。
ノルウェー、デンマーク、ベルギー、オランダ、フランスではドイツ兵の子供が約20万人生まれたという。

中国軍(国民党軍・八路軍)は野鶏・花姑娘と呼ばれる中国人娼婦に売春をさせ、避難民となった日本人女性に性的強制をしたのである。

旧ソ連軍は満州で避難民となった日本人女性と占領地のドイツ女性をあたり構わず強姦をするのが常であり、特にベルリン陥落時のソ連兵の悪行はすさまじく、「ゲルマン女性は戦利品だ」と高名なユダヤ系ロシア人作家がパンフレットで兵隊を煽ったとされ、ベルリンの成人女性の50%11万人が強姦され、10%が性病を移されたと東ベルリン大学病院の調査記録があり、ドイツ人女性全般では数百万人規模であると記録されています。
また、世界難民問題研究会協会のドイツ課長であるライヒリンク博士によれば、ベルリンまで侵攻してくる間に190万人の女性が強姦され、その結果29万2000人の子供が生まれたと推定している。
   
金持ちのアメリカ軍は金による自由恋愛を基本的にしていたが、ビルマ戦線では米軍専用の中国女性のほとんどが性病患者であったことにより、若いインド人女性十数人をビルマ軍機で空輸して対処させた。またオーストラリアとフランスの駐留時には現地女性を使って黒人兵専用の売春宿を設けていた。
1945年5月、ドイツのハイデルベルクにある 米軍司令部は3月から4月の1ヶ月間に裁判所で扱った強姦件数487件と記録しており、1943年シシリー島占領後、イタリア・ドイツが運営していた慰安所をそっくり軍医とMPが受け継いだ。

フランス・イギリスは欧州が戦場であったのでイタリア・ドイツの残していった慰安所を当然利用しています。
ドイツのシュツッツガルトを占領したフランス軍は年齢に関係なく数百件の強姦事件を起こしている。

米軍占領下の日本ではどうであったかというと、
米軍が進駐した1ヶ月で、それも神奈川県下だけで、2900件の強姦事件が発生。
7年間の占領期間中には2536件の殺人事件と3万件の強姦事件を起こした。

マッカーサーの進駐軍は日本政府に命じて「特殊慰安施設協会(RAA)」を開設させ、ひもじさから身体を売った日本女性に米兵の性処理をさせており、昭和二十七年には米兵相手の娼婦は八万人を越えていたと記録されています。また米兵が民家にジープで乗りつけ強盗・強姦してもGHQ の報道規制で「色白または色黒の大柄な男が・・・」としか新聞に載せることが出来なかったということである。

また韓国軍が朝鮮戦争のときに慰安婦の組織を持っていたことは最近の研究で判明しているし、ベトナム戦争には伸べ31万が参戦してベトナム女性に生ませた混血児は五千人とも3万人ともいわれております。現在も韓国の米軍基地周辺には洋朗と呼ばれる米軍専用の韓国人慰安婦が存在しています。

ベトナム戦争の初めのころに駐留していたフランス軍は植民地軍の伝統的慣習になっていた「移動慰安所」を開設、情報漏れを恐れてベトナム女性は使わずに、北アフリカ出身者を採用していた。

後を引き継いだ米軍は各師団のキャンプと周辺に「公認の軍用売春宿」を設置した。それは『レクリェーション・センター』と称してバーとバンド付きで個室付きで60人のベトナム女性が1回約2ドルでサービスしていた。
ベトナム戦争中の米軍慰安所については、スーザン・ブラウンミラー(米人女性ジャーナリスト)の『Against Our Will』(1975年)に詳細なルポがある。
「鉄条網で囲まれた公認の軍用売春宿では60人のベトナム女性が住み込み…1日に8人から10人をこなす。料金は500ピアストルで、女の手取りは200ピアストル、残りは経営者が取った。彼女たちを集めたのは地方のボスでペンタゴンも黙認、女たちは週ごとに軍医の検診を受け…」とある。

ベトナム戦争以降湾岸戦争についてはあらためて稿を起こしたいと思う。

これらのことから軍隊と女性との関わりはあまり褒められたものではないですが、現実にあるのです。

何が問題かといえば
「ドイツのように国家組織で占領地女性の人権を無視して売春行為を強要したのか」
「旧ソ連のように国家が煽って避難民または占領地の女性を陵辱させたのか」
「米軍のように札ビラで頬をたたくような自由恋愛を奨励し、他国の女性で性処理をしたのか」
であり、日本軍だけが当時適法であった花柳界組織を活かし、民間人経営の慰安所を軍隊の駐留先まで送り出し、自国民(当時朝鮮人・台湾人は日本国民)を主体に軍隊の性管理をしたのであります。
いずれにしても軍隊の性管理は放っておけない問題だったのです。

もっと解りやすく言えば、現在ソープランド等の風俗営業は警察・保健所・税務署等が立ち入り検査や営業の規制をしております。いわゆる国家権力が関係しております。しかし国家が経営してはおりません。 

したがって風俗嬢(例え外国人だとしても)がヤクザに騙されて売春を強要されたとしても国家が賠償する責任はありません。それと同じように軍隊が慰安婦の検診をしたり開設場所の規制をしたとしても国家に責任はありません。

明日をも知れぬ状況の中、不埒な軍人が女性に乱暴を働いたとしてもそれは個人の犯罪であり、軍隊組織すなわち国家権力がやったことにはなりません。軍人の不品行は憲兵隊が取り締まり、軍法会議で厳罰に処されます。感情論だけでものごとを判断してはいけないのです。
物事は根拠に基づき、そのときの社会環境、自分の置かれた立場等を冷静に判断することが大切なことです。

元気の良い自衛官が誤ってあまり尊敬できない場所に足を踏み入れたとしても決して直立不動の姿勢で階級・氏名を名乗ってはいけませんよ!


◎軍隊と性管理(その4)韓国駐留米軍と湾岸戦争
○韓国駐留の米軍
日本に対して執拗に「いわゆる従軍慰安婦」の責任追及する韓国については(その3)でも一部紹介したが若干敷衍しておきます。
韓国では、日本と同じように、米軍占領下の1947年11月、公娼制度(管理売春)を禁止する法令が出たが、やはり有名無実に終る。

 朝鮮戦争(1950〜53)は、多くの未亡人と孤児を生みだした。
1956年の韓国政府統計によると、全国で59万人もの戦争未亡人がいて、こうした母子家庭などの女性たちが、生活難のため米兵相手の売春婦となった。57年の統計では、その数は四万人と推定されている。
 朝鮮戦争後も、ひきつづき米軍は韓国に駐留した。売春婦たちはドルを目当てに、米軍基地周辺の「特定地域」に群がった。「ヤンコンジュ](洋公主)又は洋朗(ヤンセクシー)と呼ばれる米兵相手の売春婦たちは見下される存在だが、最近でも2万7千人をかぞえるという。
 なかでも有名なのは38度線に近い東豆川基地で、ピーク時の6500人からは減ったが、最近でも60数店に、1500の米兵用の売春婦がひしめいている。強制検診制があり、女たちは安全カードが必携だというから、往年の日本軍慰安所と瓜二つである。

○湾岸戦争の米軍
毎年日米共同訓練と称して自衛隊と米軍が指揮所訓練(コンピュータを使って地図上で部隊の運用を訓練する)と実働訓練(実部隊を使っての戦闘訓練)を実施している。

特に駐屯地内の建物に寝泊りをする指揮所訓練にはたくさんの米軍女性兵士が参加する。
自衛隊の衛生隊員からこんな話を聞いたことがある。

米軍の衛生兵が毎日コンドームを米兵に配っていたと。
規律厳正な日本の隊員には考えられないことであるが、湾岸戦争の状況を知ったなら納得せざるを得ない。

湾岸戦争(1990〜91)では、職業的娼婦に代って兵士同士の性充足法が一般化したようである。
 米大統領の諮問機関である「女性の軍務委員会」の調査によると、参戦した男女混成部隊の兵士4442人に対するアンケート調査で、64%が「前線で異性兵士と何らかの性関係があった」と回答した。
その頃、これまで中絶が事実上禁止されていた米軍関係の病院でも、中絶が実施出来るようになったという。
 
佐藤和秀氏(元大分県立図書館長)が「女性兵士を男性兵士は慰安婦にし、男性兵士を女性兵士は慰安夫にし・・・いくら戦線で遊んでも、軍が中絶で跡仕末をつけてくれる」(正論1993年12月号)と書いたような情景となったわけである。
そういえばイラクのアブグレイブ刑務所のイラク人捕虜虐待で逮捕された女性兵士も妊娠していた。

米軍も世の女性運動家たちの目を気にして自国で始末をつけるように変わってきたともいえる。
日本人として婦人自衛官の名誉のため言っておきますが、犯罪発生率が世界で一番少なく「世界で一番規律が保たれているのが日本の軍隊(自衛隊)である」
                 
        「慰安婦と戦場の性」から要旨引用
※参考文献
敗者の贈物―特殊慰安施設RAAをめぐる占領史の側面
新ゴーマニズム宣言〈6〉
慰安婦と戦場の性
昭和史の謎を追う〈下〉
1945年・ベルリン解放の真実―戦争・強姦・子ども
韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する―歪曲された対日関係史
韓国人の歴史観
醜い韓国人 歴史検証編―これは本当のことではないのか
NOといえる教科書―真実の日韓関係史
日韓「禁断の歴史」
「反日韓国」に未来はない
日中戦争〈1〉
日本占領〈1〉
posted by ディポ at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 軍事・外交 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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